海辺の石拾い妄想紀行 高知県が待っている / 石石石神様と
石の人だ。
みなさん、いい石拾いはできているだろうか。
この日記に登場する石の人は石の人ではない。
すべて石神様が作り出した石の幻である。
そしてすべて夢だと思ってほしい。
この日記に浸っているのは、おそらく私だけだろう。
まだ見ぬ石に思いを馳せて、
いつかどこかで出会うかもしれない波音にごきげんよう。
ー
どうも、石の人みたいな人です。
まだ見ぬ浜辺へ、石拾いに行く。
といっても、まだ行かない。
いつか行きたいと思っている海がたくさんある。日本は島国なので、海はたくさんある。ということは浜もたくさんある。ということは石もたくさんある。
困った。
全部行きたい。
しかし時間もお金も身体もひとつしかないので、とりあえず妄想の中で行ってみることにした。
名付けて、「海辺の石拾い妄想紀行」。
妄想ではあるが、地形や地質、交通などはできるだけ本当のことを調べる。
いつか本当にその浜へ行ったとき、「あった」となるためのイメージトレーニングである。
案内役は石神様。
石のことなので、たぶん人間より詳しい。
だがあまり信じないでいただきたい。どっち。ほぼ嘘だと思ってほしい。
第一回は、高知県。

ー
石の人:
石神様、高知県に行こうと思います。
石神様:
よいところを選びましたね。
石の人:
石ありますか。
石神様:
あります。
石の人:
いっぱいありますか。
石神様:
あなたが一生かけても見きれないくらいには。
ー
もう帰ってこられない気がしてきた。
高知県は、ほとんど海だった
地図を見る。
高知県の下側が、ずっと海である。
太平洋。
右の先端に室戸岬。
真ん中あたりに桂浜。
ずーっと左へ行って、最後の先端が足摺岬。
長い。
こうやって地図を眺めていると、県境よりも海岸線ばかり見てしまう。
どこに浜があるのか。
どこから川が海へ出ているのか。
岬の向こう側には何があるのか。
石拾いをするようになってから、地図の見方が少し変わった気がする。
町を見るための地図ではなく、海と陸の境界を見るための地図。
高知県は、その境界がとても長い。

名古屋から高知へ
まず現実的な問題として、私は車を運転しない。
したがって電車とバスで行く。
名古屋からなら、新幹線で岡山へ行き、岡山から特急「南風」で高知へ向かうことができる。
あるいは中部国際空港から高知龍馬空港へ飛ぶ方法もある。
今回は電車にしよう。
理由は特にない。
電車の窓から少しずつ知らない土地になっていく感じが好きなのだ。
名古屋。
新幹線。
岡山。
そこから南へ。
瀬戸内海を越えて、四国に入る。
さらに山を越えていく。
そして高知駅。
ここで一泊してもいい。
まだ海には行かない。
明日石を見に行けると思いながら、知らない町で眠る夜。
たぶん旅というものは、目的地に着く少し前が一番楽しい。
東へ。室戸へ。
翌朝。
高知駅から東へ向かう。
鉄道で安芸を越え、奈半利へ。
鉄道はここで終わる。
そこからバスに乗り換え、太平洋沿いを室戸へ向かう。
鉄道がなくなってから、さらに先へ行く感じがいい。
そして室戸岬。
室戸はユネスコ世界ジオパークになっている。
このあたりでは、およそ4000万〜3500万年前の深海底で砂と泥が繰り返し堆積してできた地層を見ることができる。タービダイトと呼ばれる地層である。
砂。
泥。
海底。
それが地殻の動きによって押され、曲がり、持ち上がり、いま地上に現れている。
ー
石の人:
4000万年前ですか。
石神様:
そうです。
石の人:
ちょっと想像できません。
石神様:
想像できなくても構いません。
石の人:
石を知る旅なのに。
石神様:
すべてを理解してから石を見る必要はありません。
まず、目の前にあるものを見なさい。
ー
海を見る。
岩を見る。
足元を見る。
黒っぽいところ。
灰色のところ。
白っぽいところ。
砂と泥が積み重なった縞模様。
かつて深い海の底にあったものが、いま太陽の下にある。
石というと、私はつい手のひらに乗るものばかり見てしまう。
しかし、その石がどこから来たのかをずっと遡っていけば、最後は地球になる。
当たり前なのだが。
室戸に来たら、その当たり前が少し怖くなる気がする。
室戸で見たい石
とはいえ、私は石を見に来ている。
足元にある小さな石も気になる。
ー
石の人:
石神様。どんな石を探せばいいですか。
石神様:
まず灰色を見なさい。
石の人:
地味ですね。
石神様:
黒もあります。
石の人:
さらに地味です。
石神様:
白い筋の入ったものもあるでしょう。
石の人:
いいですね。
石神様:
派手なものばかり探していると、その浜の石が見えなくなります。
まず、その土地に多い色を見なさい。
ー
たぶん、こういう石が好きだ。
灰色の砂岩。
黒っぽい泥岩。
白い筋が一本だけ入ったもの。
薄い層が重なったもの。
波に削られて、ただの丸い灰色になったもの。
何千万年という時間が詰まっているわりには、見た目は普通。
そういう石を私はずっと見てしまう。
しかし、ここで大切なことがある。
室戸ジオパークの海岸域の多くは国定公園に含まれており、岩石の採取には許可が必要となる場所がある。
だから室戸では、「拾える石」を探しに行くというより、「そこにある石を見る旅」と考えておいたほうがいい。
ー
石の人:
見るだけですか。
石神様:
見るだけです。
石の人:
いい石があっても。
石神様:
そこに置いておきなさい。
石の人:
かなりいい石でも。
石神様:
なおさらです。
石の人:
つらい。
石神様:
すべての石を、あなたのものにする必要はありません。
石は、そこにあるだけでも石です。

ー
ぐうの音も出ない。
写真を撮る。
眺める。
触れてよい場所なら触れる。
そして置いていく。
それも石拾いなのかもしれない。
拾っていないけれど。
真ん中へ。桂浜。
室戸から高知市へ戻る。
次は桂浜。
高知駅からバスで行ける。
坂本龍馬像や月の名所として知られている場所だが、石の人が気になるのは当然、足元である。
桂浜といえば「五色の石」。
赤。
緑。
白。
黒。
灰色。
色とりどりの礫が見られ、その中にはチャートなどの岩石が含まれている。
チャートという石は面白い。
放散虫など、非常に小さな生物に由来する珪質の物質が深海底に堆積し、長い時間をかけて岩石になったものがある。
海の底に積もる。
岩になる。
地殻変動で陸になる。
山になる。
崩れる。
川を下る。
そしてまた海へ。
途方もない遠回りである。
ー
石の人:
石神様。
石神様:
なんでしょう。
石の人:
海で生まれたものが山になって。
石神様:
はい。
石の人:
山から川へ落ちて。
石神様:
はい。
石の人:
川を下って。
石神様:
はい。
石の人:
また海へ戻ってくる。
石神様:
そういう旅をしてきた石もあります。
石の人:
それを私が見つける。
石神様:
ほんの一瞬だけ、あなたと石の時間が重なります。
ー
なんだか急に、石を拾うということが壮大になってしまった。
私はただ下を向いて歩いているだけなのだが。
石の時間から考えれば、海底から山へ。
山から川へ。
川から海へ。
その途中の、ほんの一瞬。
たまたま人間が浜辺を歩いている。
そして、
「あ、いい石」
と言う。
それだけなのかもしれない。
桂浜で見たい石
赤いチャート。
緑色の石。
白い石。
黒い石。
灰色の石。
結晶片岩の仲間。
五色といっても、本当に五種類だけがきれいに並んでいるわけではないだろう。
赤と灰色の途中。
緑とも黒ともいえない色。
濡れると急に色が濃くなる石。
たぶん私は、五色の中の「何色とも言いにくい石」を探す。
ただし桂浜でも、石だけを見ていてはいけない。
ここは波の変化が激しく、急に深くなる海岸でもある。高知市も波打ち際には近づかないよう注意を呼びかけている。
これは覚えておきたい。
私は石を見ていると、本当に海を見なくなる。
ー
石神様:
海を忘れてはいけません。
石の人:
石しか見ていませんでした。
石神様:
石は逃げません。
石の人:
でも波が来たら、いい石が出てくるかもしれません。
石神様:
あなたが波に持っていかれたら、その石を見る人がいなくなります。
石の人:
はい。

ー
その通りだった。
桂浜では安全な場所から石を見る。
現地のルールを確認する。
持ち出してよいか判断できないものは、その場所で見る。
写真に残す。
それだけでも、あとで何度も見られる。
石を所有することと、石と出会うことは、たぶん少し違う。
さらに西へ。
地図を見る。
足摺岬が遠い。
かなり遠い。
ー
石の人:
石神様。
石神様:
はい。
石の人:
まだ行くんですか。
石神様:
あなたが行きたいと言ったのです。
石の人:
遠いです。
石神様:
石は近いところにだけあるわけではありません。
ー
高知駅から特急で窪川方面へ。
さらに土佐くろしお鉄道で中村へ。
中村駅からバスに乗り、さらに南へ。
足摺岬。
同じ高知県なのに、もう別の旅である。
しかし、ここまで来てみたい。
足摺。巨大な石の世界へ。
足摺岬へ行くと、今度は石を探すというより、人間のほうが石の中に入っていくような風景になる。
足摺岬周辺には、およそ1300万年前に形成された花崗岩体がある。
巨大な岩。
断崖。
太平洋。
少し北西へ行けば、竜串海岸には奇妙な形に削られた岩々がある。
土佐清水一帯では、古い時代の付加体、その上に形成された地層、さらに足摺岬の花崗岩体など、異なる時代につくられた地質を見ることができる。
もう「石ころ」という単位ではない。
地球の断面を歩いているような場所なのだと思う。
ー
石の人:
大きすぎます。
石神様:
石ころだけが石ではありません。
石の人:
これは拾えません。
石神様:
拾わなくていいのです。
石の人:
石拾いなのに。
石神様:
あなたが拾っている石も、かつてはもっと大きな岩の一部だったかもしれません。
大きな石を見れば、小さな石の見え方も変わります。

ー
巨大な花崗岩を見る。
波に削られた岩を見る。
その足元にある、小さな石を見る。
同じ「石」という言葉なのに、数センチの石ころから岬まで入ってしまう。
どこからが岩で、どこからが石なのか。
もっと大きく考えれば、島も石なのか。
山も石なのか。
地球もひとつの石なのか。
そんなことを考え始めると、石拾いが終わらなくなる。
高知県で拾いたい石を考えていたら、時間の話になった。
今回、まだ高知県には行っていない。
石もひとつも拾っていない。
なのに調べているうちに、室戸の灰色の石。
桂浜の赤や緑の石。
足摺の白っぽい花崗岩。
頭の中には、もういくつかの石がある。
しかし実際に行ったら、たぶんまったく違う石を好きになる。
地質的には何の変哲もない。
名前もよく分からない。
色も地味。
小さな丸い石。
私は結局そういうものを拾う気がする。
それでいい。
石を調べてから浜へ行くのは、その石を探し当てるためではない。
そこにどんな時間が流れていたのかを少しだけ知ってから、何も知らないような顔をして浜を歩く。
そのくらいがいい。
石神様、結局どこへ行けばいいでしょう。
ー
石の人:
高知県、広すぎました。
石神様:
そうですね。
石の人:
室戸も行きたい。
石神様:
行きなさい。
石の人:
桂浜も。
石神様:
行きなさい。
石の人:
足摺も。
石神様:
行きなさい。
石の人:
何日必要なんですか。
石神様:
急ぐ必要がありますか。
ー
そう言われると、ない。
石拾いなのだから。
一日ひとつの浜でもいい。
何も拾えない日があってもいい。
知らない町に泊まる。
朝起きる。
バスに乗る。
町が少しずつなくなっていく。
窓の向こうに海が見える。
降りる。
海へ歩く。
そして、最初の石を見る。
私はその瞬間のために旅をしているような気もする。
いつか、本当に高知へ。
妄想石拾いを終えて、地図を閉じる。
今回は何千万年という時間を、ずいぶん簡単に行ったり来たりした。
深海。
山。
川。
太平洋。
そして名古屋の部屋。
机の上には、これまで別の海で拾った石がある。
まだ高知の石はない。
その空白がいい。
いつか本当に高知へ行ったら、この文章をもう一度読もう。
妄想していた海と、本当の海。
妄想していた石と、本当の石。
どれくらい同じで、どれくらい違うのか。
答え合わせをしたい。
たぶん、予想していなかった石を拾う。
あるいは何も拾わない。
それでも、まだ見ぬ浜へ行く。
ー
石の人:
石神様。
石神様:
はい。
石の人:
いい石、ありますかね。
石神様:
ありますよ。
石の人:
どこに。
石神様:
まだ知らない浜に。

ー
海辺の石拾い妄想紀行。
第一回、高知県。おわり。
まだ見ぬ石の旅は、つづく。
石の人
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